Mana Morimoto
Interview (2023)
作品を作り始めたのはいつ頃から?10年前くらいです。それ以前はアメリカにいて、「音楽が大好き」というシンプルな動機から音楽ビジネスを学ぼうとしていたけど、自分はビジネスパーソンとは真逆の人間だと気づいてしまったんです。仕方なく卒業後は帰国して出身の札幌に戻ってみたら、逆カルチャーショックというか、もう毎日がめちゃくちゃつまらなくて。その時に「自分の手で何かを生みださないと腐ってしまう」と本気で感じて、始めたのがこの刺繍。それまでは、英語が話せるただの音楽好きな女の子だったけど、そんな自分は結局何も生みだしていないと気づいて、自ら何かをアウトプットしたいという思いに駆られたのかもしれません。
アート関連の教育を受けたことや経験したことは?全然ないです。小さな頃からビーズや裁縫が好きだったけど、ただ得意というだけで、それを生業にしようなんて考えたこともなかった。刺繍も子供の頃にやっていた程度で、それ以来ずっとやっていなかったし。アートのバックグラウンドなんて全く無い状態で、ただ「やってみたいからやってみた」という感じで突然始めてしまったんです。
最初は何から作り始めたのですか?アメリカの友達が自分で描いた絵の画像を送ってくれて、そこに私が何かを加えてコラボレートしようという話から、その絵をプリントアウトした紙に刺繍してみたのが始まりだったと思います。その後、友達の Facebook にあるポートレート写真を印刷して、そこに勝手に刺繍して、その友達に送るということを始めました。そうして作ったものを tumbler に投稿していたら、海外でフックされるようになったんです。


そしてその後、東京に?そうですね。でも、「アーティストになりたい」という気持ちは一切ありませんでした。働く目処が立って上京を決めたけど、引っ越しを目前に「やっぱり女の子には体力的に無理だと思うから」と断られてしまって。「もう、引っ越してから仕事を決めよう」と東京に来て、あるインターネットラジオのお手伝いをしているうちにみどり荘の人たちと出会ったんです。彼らに自分の作品を見せたら、いろいろと声をかけてくれて、展示もさせてくれるようになって。そこから作品づくりに注力するようになりました。
布とは違い、紙に刺繍する場合は一度針を刺すと穴が開くので修正は難しいですよね。そうなんです。だから、私は最初に全部の穴を開けてから糸を通しています。アウトラインだけ描いた紙を本紙の上に重ねて目打ちで全ての穴を開けたら、上の紙を外して、そこから本紙に縫い始める。結構大変な作業で、特に曲線を描く作品は集中しても穴を開けるだけで数時間はかかってしまう。最初の頃は厚紙に縫い針でブスッと刺していたけど、自分のやりやすい方法を探りながら、徐々に今のプロセスになってきました。
制作方法が更新されてきたことで作品のクオリティも変わりましたか?仕上がりは綺麗になってきたと思います。当初は目からビームが出ている刺繍ばかり作っていて、その場合、ひとつの穴から何本も糸を通すから、糸の重なり方が綺麗でないと全体的に乱雑に見えてしまう。

立体作品やインスタレーションも手がけていますが、それらも刺繍と同じ感覚ですか?初めて個展をやる時に「刺繍を立体にしてみたい!」と思い立ち、写真を印刷したパネルに穴を開けて、そこから糸を飛び出させてみたんです。それが始まりですね。その展示中に糸をどんどん増やしていって、最後には人が通りづらくなるほどたくさんの糸を張り巡らせた状態になっていました
レーザービームみたいですね。そうですよね。私、レーザーが大好きで。アメリカ生活はこれといった成果にならなかったけど、とにかくライヴに行きまくっていたので、もしかしたらその経験が繋がっているのかもしれないですね。
立体でもインスタレーションでも刺繍同様に糸を用いていますが、糸だからこそ表現できることは?普通の状態だと糸ってグニャグニャだけど、ピンと張れば直線になるし、編めば服や物になって、強度も高まる。形を変えられるのが面白い。それに、刺繍で作った世界観をそのまま立体にしようと試みた時、糸は意外とやりやすかったですね。あと、今はまだ既製の刺繍糸を使っているけど、それでも色がすごく綺麗。それに、レイヤーすることもできる。糸を重ねると、例えば黄色の糸の上に青い糸を重ねると緑っぽく見えたり、グラデーションのように濃淡が出たり、角度によって色調が変わって見えたり。そういうところにも面白さを感じます。
直線と曲線の刺繍では作業に違いがある?私にとって曲線は挑戦でした。それまでは直線の刺繍しかやっていなかったので、そうすると縛りがあるというか、表現が限定されてしまう。そこで次は曲がった線に挑みたいと考えた時、着物の展示で見た金駒繍という手法を思い出したんです。着物や帯に金の糸を刺繍する際に用いる手法で、金の糸は硬くて普通には縫えないので、下絵に沿って這わせた太い糸を細い糸で留めていく。その手法であれば曲線も刺繍できるかもしれないと、紙の上で試してみました。ただ、この刺繍はすごく時間がかかる。裏面を見ても、直線の刺繍は結構すっきりしているけれど、曲線の刺繍はもう少し複雑ですよね。




でも、裏面も味があって面白いし綺麗ですね。そうなんです。だから、両面クリアの額に入れて吊るしたり、鏡を使ったり、裏面も見せられる展示方法を今後やってみたいと思っています。
そして、曲線刺繍を用いて制作したのが今回の『The Hypnochromatic Series』?まだ制作途中ですが、本当は、オプアートみたいなものや有機的な形の刺繍をやりたいという思いがあります。


でも、実際に取り組んでみるとかなり大変で、想像以上に時間がかかってしまった。長い期間をかけて準備する個展であればよかったのだけど、今回の展示には絶対に間に合わないと気づいて。そこで、 AI 生成画像も試しに作っていたので、「じゃあ、 AI 刺繍やってみよう」「曲線を生かせるとしたらメガネだ!」と思いついたのがこのシリーズの発端です。
あの丸いメガネの正体は?あれはヒプノグラス、つまり洗脳メガネ。『Mr. インクレディブル』や『ミリオンズ』など子供の映画にも登場する、あのメガネをかけると変な映像を見せられて洗脳されちゃうというシロモノです。昔あった夢のテクノロジーのひとつですよね。ヒプノグラスは見た目も好きだったから、モチーフにしてみました。今までの作品は目からビームが出ていたから被写体の視線が肝心で、サングラスやメガネをかけている人の写真は使えなかった。その反動もあると思うし、ビームにしてもメガネにしても、純粋に私は目に何かがある感じが好きなんだと思います。
もともと AI 画像生成サービスは使っていた?いえ。画像生成サービスは去年あたりから出てきたけど、当初はただ「面白いな」「すごいな」と思っていた程度で、自分の作品に使えるとは考えていませんでした。ただ、それまでは写真ありきの作品ばかりだったので、それはそれで限定されてしまっていて。自分で写真を撮ったりディレクションすることもできるけど、そうすると偶然性がなくなってしまうので面白くない。実際のところ、刺繍ネタに行き詰まっていたんです。そんな時に AI の画像生成サービスがぐっと進化したので、そこでようやく「この生成画像を自分の作品に使ってみよう」と。
実は数年前、海外の女性に私の作品を丸パクリされたんです。結構昔からラッパーや有名人のモノクロ写真に刺繍していたのだけど、それを偶然とは思えないレベルでパクられて。しかも、その人の作品が SNS で結構バズっていて。かなりショックを受けて、ちょうど子供が生まれた時期で創作の時間も余裕もなかったので、「もうこの刺繍やめてしまおうかな」と考えたりもしました。でも「 AI でいける!」と気づいたことで、ぱっと道が開けた気がします。
具体的にはどう AI に画像を作らせているのですか?私が使っているのは Midjourney というサービスで、そこで Discord というチャップアプリを介して Bot に言葉でプロンプト
AI 画像生成サービスはすんなりと使いこなせるように?このサービスの利用者全てのプロンプトと作成した画像が公開されているので、最初のうちは「この雰囲気好きだな」という画像を見つけると、どんなキーワードを使っているのかを分析して、真似しながら試していました。ただ、公開されたプロンプトを見ていると、みんなの頭の中の妄想が全て見えてしまうので、少し気持ち悪さもある。自分の理想の女性を描かせたりしていて。それに、ロゴやホームページのデザインも AI に生成させているのに自分の完全オリジナルのデザインとしてお金をもらう人もすでにいると思いますよ。
そういうことが今後は増えてきそうですね。「それってどうなの?」と思うけど、とはいえ、 AI の進化はもう止められない。悪いことばかりではないし、 AI に助けられていることもあるだろうし。「AI 反対」と謳っているアーティストにしても、 SNS 上での流行りに寄せた作品を作っていたりする。 SNS はアルゴリズムが基盤にあるから、スマホを持って SNS をやっている時点で、もうみんな AI にどっぷり浸かっていると思うんですよね。
私も AI に写真を作らせてはいるけれど、そこに人間の手でしかできないことを追加することで、何かしらの価値を生みだそうとしている。「 AI ってまじすごい!」と思いながらも「 AI に人間の仕事を全部取られてたまるか!」という気持ちもあって、勝手に AI とコラボレートしておいて、勝手に AI と対決している
確かに AI を全く無視することは不可能になりましたね。これからのAIに面白い可能性があることは絶対に否定できないので、重要なのは AI との付き合い方だと思います。そういえば、つい最近、 ChatGPT がヴァージョンアップされて、 Bot に画像を見てもらえるようになったんです。そこで、この「The Hypnochromatic Series」というタイトルも ChatGPT に提案してもらいました。さらに、作品ごとの小さなストーリーを AI に作ってもらって、それをキャプションにしています。インスタグラムでは今、 Midjourney で作成した画像だけを投稿するアカウントが増えていて、ありえないデザインの服を着ている画像や、動物が巨大化した世界など、サーリアルな感じで面白いものも結構あります。でも、それだと最初から最後まで画面上に収まった展開なので、私の場合は少し違ったことをしようと、 AI に頼んで作成した写真を印刷して、刺繍して、それをさらに AI に見せてキャプションを考えてもらい、Instagram
今回のシリーズを機に、今後は再び積極的に創作に取り組んでいく予定ですか?さっき少し話した有機的な形のシリーズや、写真なしでも成立する作品もやっていきたい。写真なしの作品は以前にもやっていたけれど、もっと時間をかけて取り組んでみたいですね。子供がいて時間もないのですが、なんとか形にしたいと思っています。だから今は、自分にとってちょうどいいバランスを探している最中なのだと思います。