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Thomas Subreville / Ill-Studio





 7 年前に何か具体的なきっかけがあって、その気づきに至ったのですか?
それには感情面と現実面でのポイントがあった。最初に感情的な面から話すよ。2006年にこのスタジオを始めた理由のひとつは、僕らのようにあらゆるメディアを融合させたスタジオが他になかったからで、だけど、インターネットの普及に伴って、それも徐々に一般的になっていった。同時に、優秀なディレクターや写真家、デザイナーたちと仕事を重ねて、彼らの才能と直面するうちに、僕らも自分たちが真に得意とするものに集中すべきだと考えるようになった。それは、点と点を結び、分析し、ストーリーを作ることであり、ファッションや音楽など特定の分野に限らず、多様な人々との繋がりを持っているということ。そして、それこそがこのスタジオの強みだと明らかになったんだ。
 そして一方の現実的な話は、お金の問題だよ。この仕事で生計を立てるためには、自分たちの才能には価値があるのだと示さなければならない。でも、見積書や請求書にはデザイン料や撮影料などの項目はあっても、プロジェクト全体のストーリー開発という項目はなかった。だけど、僕らが最も重視し、時間と労力を費やしているのはその部分であって、そこに対価が支払われるべきだと気づいたんだ。それを機に、僕らは自分たちの見せ方や伝え方を変えて、ヴィジュアル面よりも分析やストーリーテリングに重点を置くようになった。気づくまでにだいぶ時間がかかったけど、今は自分本来の才能で報酬を得ている実感があって、気持ちが楽になったよ。
コンセプト作りやストーリーテリングが Ill-Studio の強みであるとクライアントも理解したうえで、仕事を依頼してくれるのですか?
全てとは言えないけど、大半のクライアントはそういう意識でオファーしてくれていると思う。とはいえ、ヴィジュアル制作などプロダクション的な仕事の依頼が届くこともあって、そんな時は「この仕事には僕らよりも適した優秀な人材がいるはず」と正直に伝えたりもする。でも、そうした会話を交わしたことで、後日、僕らに見合ったプロジェクトを彼らから改めて依頼されたりするんだ。徐々にとはいえ、理想的な形に近づいていることは確かだよ。
では、ひとつのプロジェクトにおいてそのストーリーやコンセプトを共有するために、どのような方法を取っていますか?
全てのケースに適応できるマニュアルなんてないし、クライアントやプロジェクト、また、文脈によっても異なる。ただ、一緒に仕事をする仲間を安心させ、心地よく感じてもらうことは大切だと思う。あと、今は、何よりも最終的なヴィジュアルが重視される傾向にあるから、彼らのそうした意識を反転させて、ストーリーの重要性を理解してもらうよう努めている。たまに「このプロジェクトのアイデアを 3 日以内に出してほしい」なんて言われることがあるけど、それは無茶な話だよ。だって、プロジェクトにおける全てが完全に意味を成すようにストーリーや文脈を開発していくことが、最も困難な作業だから。それを理解できる人もいれば、できない人もいるし、要は相手次第なんだよ。
クライアントワークやコラボレーションで素晴らしい結果を生むために、最も重要な要素は何だと思いますか?
幅広い視野で見通す力だろうね。これはクライアントワークだけでなく自分たちのプロジェクトにおいても共通して言えることだけど、単にストーリーを作り、文化を繋ぐだけでなく、プロジェクトの開発段階から幅広い視野を持って失敗も予測し、常に複数のルートや出口を計画立てておくことが大切なんだ。この15年間であらゆるプロジェクトを手がけてきたけど、どんなプロジェクトにも予算やスケジュールの都合があるし、当初の計画どおりに実現したことがない。だから、ひとつのアイデアに固執しすぎず、うまくいかない時は何が間違っているのかを冷静に見極め、何事にも対応できる準備を整えておかなければならないんだ。
実際にプロジェクトにあたる際は何から始めますか。そして、プロセスの途中で困難と直面した時はどのように乗り越えていますか?
この 2 つの質問は繋がっているよね。新たなプロジェクトが始まると、まずはプロジェクトの枠組みを確立させる。ストーリーや文化、ヴィジュアル要素など、プロジェクトに組み込みたい素材を全て分析して、それらの配合を考える。そして、途中で見失わないよう、プロジェクト全体の文脈を明確に定義する。
 とはいえ、正直に言えば、ドラマのないプロジェクトなんてひとつもないんだ。必ずどこかの時点で問題や複雑な状況と直面する。でも、さっき話したとおり、幅広い視野で予測する力を身につけ、常にバックアッププランを用意しておけば、過度なストレスやパニックに陥ることはない。それに、僕らの取り組みは特定のブランドやプロジェクトのためのもので、うまくいかなくたって誰も死んだりしない。もちろん真剣に臨むけど、人の生死に関わるほど重要ではないんだって、思い詰めないことも大切だよね。
スタジオとしてターニングポイントとなったプロジェクトを教えてください。
具体的な出来事があったわけではないよ。特に自分の場合は、独学ゆえの自信のなさから始まっていて、そこから何年もかけて経験と実践を重ね、挑戦して、うまくいかないこともありつつ、成功した時にようやく自らのヴィジョンやアイデアを信じてやり抜く自信を得る、その繰り返し。でも、自信や信頼はそうすることでしか得られないんだ。ただ、2010年か2011年頃から、周囲からの評価や認識が変わってきた気はしている。それは、僕らの経験値が増したこともあるけど、 Nike や Louis Vuitton といった企業と仕事するようになったことも要因だろうね。僕らだって、例えばフォトグラファーを考察する際には、作品だけでなく、彼らがこれまで共に仕事をしてきた人やクライアントも気にかけるから。
 というのも、大企業とのプロジェクトでは、スケジュールや予算、スペースの制限、素材や材料のパラメータなど多くの制約が課せられ、それなりの配慮も求められる。だからこそ、たとえ同じくらい素晴らしい作品だとしても、厳しい制約とストレスを克服して生みだされたものは、何からも拘束されずに自由に作られたものよりも、ずっと価値のあるものになる。そうしたプロジェクトで成果を収めてきたことで、「彼らは厳しい制約があってもクールなことができるんだ」と認識されるようになって、それが僕らへの信頼に繋がっていったんじゃないかな。