ここまでスタジオの変遷を伺ってきましたが、逆に、創設当初から一貫して変わらないものは何でしょうか?このスタジオを始めた時ですら、僕らの行き先はわかっていなかった。ただ、そこには、何にでも挑戦したい、これまでにないことをやってみたいという強い気持ちがあった。その熱意は今でも変わらない。そして、この先何をするかわからないという点も変わっていないね。それって本当にすごいことだよね。 1 ヶ月後のことですら想像できないんだから。追い詰められたくない、ひとつのことに縛られたくないという欲望は、これまで以上に強くなっている。先が見えないことにストレスを感じる人も多いけど、それこそが僕らの原動力であり、この仕事を続ける理由でもあるんだ。そうした根幹的な部分は最初から全く変わっていない。そしてこれからも、僕らが操縦するこの船には、新たな経験や挑戦のためのスペースを十分に空けておくつもりだよ。
Ill-Studio は現在どのようなチーム体制なのですか?このスタジオにチームなんてないよ。今は僕自身と目の前に座っている Judd だけ。僕が全てのプロジェクトを監督しているけど、一緒に仕事をする99%はフリーランスの人たち。例えば、今は展覧会とインスタレーションのプロジェクトと、それに関する本の仕上げ段階で、同時に大企業のコンサルティングも多く手がけている。そうした幅広い案件を同時にこなすためにも、プロジェクトに応じて必要な人材と組むようにしている。それに、このスタジオはプロフェッショナルな空間ではなく、エモーショナルでプライベートな空間として保ちたいんだ。これまでも「仕事に行く」という感覚を持ったことがないし、これからもそうでありたい。たとえストレスや責任が増えるとしても、自分たちなりのやり方で、やりたいことだけをやっていきたい。 6 歳でスケートボードを始めた時の気持ちと変わらないんだ。普通の会社になってしまったら、この能力が一般的なルールや労働時間に縛られてしまうし、なによりも肝心のヴィジョンが変わってしまう。会社の経営や管理なんかよりも、新しいプロジェクトを探したり、いろいろな人と話したり、自由に仕事に取り組んだり、そういうことにエネルギーを使いたいんだ。
最初に着想したアイデアの純度や本質を失わないために、アイデアを形にしていくうえで心がけていることはありますか?これもプロジェクトごとに異なるけど、大抵の場合、プロジェクトが立ち上がった時にはすでにアイデアが頭の中、もしくは、コンピュータや携帯電話の中のどこかにある。僕は普段から散歩の時に写真を撮ったり、メモを書き留めたりと、常にアイデアを模索しているし、多くのリサーチや分析をして思考を深めている。さまざまな言葉や思いつきをメモ代わりに記した下書きメールがインボックスに山ほど溜まっているくらいだよ。だから、全くのゼロから始めることは本当に稀で、依頼を受けたら、まず、そうしたアイデアやリサーチのストックに目を通し、その中からプロジェクトに見合うものを選定していく。つまり、プロジェクトを受けてアイデアを探すのではなく、僕らがすでに備えているアイデアの文脈にプロジェクトを繋げていくんだ。
あなたの言う “リサーチのストック” がセルフプロジェクトの『THE A.D.D.P.M.P.』に繋がっているのでしょうか?そのとおりだよ。僕らのリサーチや実践に形を与えたのが『THE A.D.D.P.M.P.』で、他の人々に活用してもらうことが目的なんだ。僕らはもともと好奇心旺盛で、自然やスポーツ、歴史、科学など、あらゆることをリサーチしてきたけど、これまではその大半を自分たち、もしくは僕らのプロジェクトのためだけに役立ててきた。だから、このプロジェクトが僕らの重視するリサーチやプロセスを広く共有できる機会になって、すごく嬉しいんだ。また、本にまとめたことで図書館やあらゆる教育機関にも置かれ、多くの人たち、特に子供や若者たちがリサーチやインスピレーションを得るために利用したり、自分のアイデアを形にする術や、プロジェクトへのアプローチを見いだしてくれている。それはどんな報酬よりもありがたいことだよ。あと、個人的に面白いと思うのは、専門的な教育を受けていない僕の自ら習得してきたものが、教育の場で活用されているということ。学校や教育を変えようなんて傲慢なことを言うつもりはないけど、僕の経験が少しでも役に立って、若者たちにとって自信を持つきっかけや、より良いヴィジョンを得る手助けになるのなら、それは本当に素晴らしいことだよね。だからこそ、これはアートプロジェクトではなく、あくまでもリサーチプロジェクトとして捉えてもらいたいし、教育現場に向けてますます推進していきたい。もうすぐ 2 冊目もリリースする予定で、シリーズ化も考えているんだ。今後はさらに教育機関や美術館などとも協力していきたいし、あらゆる会話の生まれるプラットフォームになっていってくれたら最高だね。