場数を踏むほど経験値やスキルは向上すると思いますが、耳が肥える、音色感が冴えるなど、感覚的な進化もありますか。経験値は上がっても、やり過ぎて下がるとかもあるんじゃない
「経年美化」っていう言葉があって、例えば古い建築物に時間が経てば経つほどその良さや味が出てくるようなものがありますよね。その良さは色なのか質感なのか、歴史と共に深まった風合いなのか、いろいろあると思うけど、そういう年齢と共に向き合える深化の仕方的なものを共有できたらいいですね。
キャリアの始まりから現在に至るまでの間に音楽のメディアや聴かれ方は大きく変わりましたが、どんな思いでその変化を捉えてきましたか。レコードが CD になって、インターネットが出てきて、それは多くの人にとって劇的な変化だったかもしれないけど、自分にとってはずっと変わり続けているもの。 DJ をやっているとミキサーや針の種類が変わったり、スピーカーや使うエキップメントも変わって、聴きたい音や周波数だって変わる。入ってくる音楽や流行も変わるしね。その変化に対して自分は常に何かを感じながら生きてきています。それを無視して生きてはいけない仕事だし、そういう世界だと思う。変化はあって当たり前というか、特別なこととはあまり捉えていないです。サブスクが無い時代にレコ屋に行ってオープンからラストまで視聴していたりとか、物理的には違うけどサブスクと同じだしね。アナログに関しては、針の進化やミキサーには常に興味があって、それによってかけるソースも変わってくるし。デジタルに関して言えば、 CDJ や AI など新しい再生装置は常に興味深いです。
曲を作り始める時、もしくは最終的な形にする時には具体的なイメージを持っていますか。当たり前かもしれないけど、自分が何か感じたものをベースにすることがほとんどで、それが曲作りのきっかけや衝動に繋がっています。自分が面白いと感じる音のモーメントを録音・アーカイヴしておいて、その素材を DJ やセッションで使ったり、聴きなおした時に湧いてくるインスピレーションをもとに機材を触りまくったり。それを録音したものを素材として使って作ることが多いです。感じたものを切り取れていれば後は音を触っていくことで最終形に近づいていきます。
音をストックしておくのですか?そう。この前ベトナムでクラブに行ったら、笑気ガスの入った黒くてでっかい風船をみんな吸っていて……。風船にガスを入れる時の「プシュー」って音がフロアで鳴っているのが面白くて、いろんな種類のその音を録音してストックして『Balloon』ってトラックを作ったよ。起こっていた事象やインスピレーションをサウンドスケッチとして落とし込んでおくと、それがそのまま曲の特徴になるし、イメージもできているから作りやすい。音も特徴あるし。昔はレコードをネタにすることが多かったけど、今は意識してなくても日常の一瞬に出会うことが多かったりする。
例えば、バルーンを膨らます音の素材が何らかのエフェクトやプロセスを施すことによって、初めて聴くメロディやグルーヴとして機能したらいいなって思う。そして自分が使いたいトラックに変換したい。素材をそのままプレイできるものとか、自分が感じた音を使ったサウンドスケープやアンビエントとか、そういうものを最近はストックしているよ。
自分が DJ で使えるトラックが制作の基準なんですね。基本そうです。 DJ を通じていろんな音楽や体験に触れていく中で、自分にとって新鮮な要素やインスピレーションを曲として発展させていけたらと思う。普通の人よりたくさんのメディアでさまざまな音楽を聴いてきているわけだから、 DJ での体験や体感を音にできたらいいですね。
なるほど。例えば 4 つ打ちは定番でノリやすいけど、そればかりだと窮屈で飽きてしまう。対して Kensei くんの DJ は有機的なのに自然と踊ってしまう。その理由の一端がわかったような……。繰り返した時の独特のうねりのようなものをピックできたらいいですよね。現場でループする時に微妙な歪みが生じることがあって、当たり前かもだけどそれがすごく気持ちよかったりするから。そういう揺らぎや違和感にハマってしまうグルーヴみたいなものを反映できたら、それはもう自分の中で 4 つ打ち以上だから
みんなが同じビートに乗って、まるで行進的にひとつの同じ行為をやっているように映る瞬間があって、「もっと自由に滞在できたらな」って思うことがある。同じフロアに滞在しながらも、みんなそれぞれにリズムの取り方があって、自由に音にハマれる音像や空間はいいなって。だから今はポリリズムにすごく興味があるんだ。それぞれの周期で回っていて立体的で自由。
自分は当初ディスコ DJ をやっていたから、ヒット曲をかけてボリュームを上げて、人を盛り上げてテンションをコントロールしてとか、そういうことが技術のひとつだという教育を受けているんだ。経験としてそれができることは理解しているから、もっと自然に、いい空間、いいムードで、それがずっと続いていくような DJ をやってみたい。だからミニマルな音楽もすごく好きなんですよ。
2000年くらいの「Communicate Mute」だったか、以前 KAZUMA くんのパーティに呼ばれた時に、薫さん
30分くらいあるその曲をかけたまま、俺らもフロアで聴いていて、その間は誰も DJ していない状況。でもそれがすごく居心地がよかった。踊ってもいいし、ゆったりしてもいい、本当に自適で最高な空間で。それをたまに思い出すんだよね。広い空間にこんな音でたくさんの人が滞在していたなって。時代背景とかもあるとは思うけど。
Monolake とは過去に共演もしていますよね。彼の音楽もタイムレスというか……。あの音像は完全に彼のものですよね。一時期、「機材から生まれる音はその機材を作った人の音だから、楽器や仕組みを作ることが作曲なんじゃないか」って。音の波を映像でなく視覚化するような、そういうライヴは常にやってみたいですね。数年前に LOCKED GROOVE のレコードを作ったんだけど、それのハード版 Buddha Machine みたいなものを今、無重力セッションのメンバーと作ろうとしている最中だよ。 Monolake とはアプローチが違うけど
無重力セッションと言えば、以前観に行ったライヴも他では味わえない体験でした。あのセッションももうかなり録っていて、毎回違う感じで面白いんです。それぞれのモーメントを少しずつ選んでまとめて音風景が切り替わっていって……っていう一部が CD になっていて。メディアに記録することで、その時空がどういうサウンドとして成り立っているのかってことも伝わるだろうから。それを DJ で使ったりもするよ。低音の風圧で超デカイ扇風機の前で声を出しているような音像になっていて、風圧と低域がすごいんだけど居心地いいみたいな時もあった。それは言葉では説明できないから、体感してもらうしかないけど。
八丁堀の『無重力セッション』のビルが来年までの限定であって、定期的にライヴをやっているからぜひ体感しに来てほしいです。 。