何を描いていいのかわからなくなることは?そんなことばっかりです。毎回本当に大変で、描き始めて 1、2 週間くらいは毎日落ち込んでいますよ。なんにも浮かばなくて「俺って才能ないんだ」って悲観して、「何を描いてもうまくいかねえ」「どうしよう」って筆を投げつけたりして。だけど「でも、やるんだよ」という根本敬さんの言葉があるじゃないですか。本当にそのとおりで、毎日やっても「俺、だめだ」って落ち込んで、「それでもやるんだ」と自分に言い聞かせて、それを続けているとなんか出てくるんです。
それを何度も経験していると「そのうち何か出てくる」という確信が持てるように?いや、それが「どうせ出てくる」と思って描き始めると大抵失敗する。「もう嫌だよ」「ちきしょう」ってなって、それでもやって駄目で、またやって駄目で、それを繰り返しているとようやくまあまあのものが出来てくる。そうしたら、それをちょっと放っておく。その間に次のものを描き始めて、そこでもまた、やって駄目をずっと繰り返していると急に “完璧なもの” ができるんです。
それってどういうことなのでしょう?ずっとやっていても、自分でもわかんないです。だけど「これはうまくいったな」と自分で思える作品は、なぜかすぐに出来る。ミュージシャンの方とかもみんな同じようなことを言っていて、それはもう不思議でしかない。でも、そこに中毒性があって、それをまた味わいたくなるんです。だけど滅多にそうはならない。 1 回の個展につき 1 作品くらいなものですよ。
その悶々とした時間があるからこそ到達できる境地なのでしょうか。そうなんでしょうね。だからこそ、「うまくいった」と思えた時は「よし。これでもう大丈夫だー!」なんて一人で飛び跳ねて喜んでいますから。気に入ったものが 1 枚できれば気が楽になって、あとはもうどんどん描ける。
そこに至るまでは「みんなをびっくりさせてやるぞ」とか「売れる絵を描いてやるぞ」「評論家をギャフンと言わせてやる」とか、そういう邪念があるわけです。だけど、失敗を繰り返していると「なんでうまくいかないんだ」と絵の中に入り込んでいって、頭の中が絵のことだけになる。音楽も耳に入ってこなくなるし、時間もわからなくなる。そうやって邪な考えが消えた頃に「神様って本当にいるのかも」って思うくらいパーっと「あ、来た!」という瞬間が訪れるんです。それまではただただ辛い。だから本当は NY での初展示の時みたいに、描き溜めておいたものの中から選んで出すのが理想なんですけど。
個展に向けた創作期間のたびにその厳しいプロセスを?そうですよ。それも前もって展示が決まっていて締め切りがあるからやるんですね。締め切りがなかったら途中でやめちゃっているかもしれない。ひどい時期は年に 3 回くらい個展をやっていたんで、そうなるとずっとその繰り返し。
若い頃は夜も描き続けていたけど、40歳過ぎてからは早寝早起きになって朝 8 時半にはこのアトリエに来て、長くても夜 7 時くらいまでしかできなくなっちゃった。もう集中力が続かないんですよ。だから最近は「個展は年に 1 回にしてほしい」と宣言しちゃいました。
個展だけに限らず、グループ展やアートフェアに出展するための作品 1 点でもその辛い状況に?なりますね。見る人はちゃんと見ていますから、手を抜いて描くとやっぱりバレちゃうし、そういうところは意外と真面目なんで「心を込めて描かないと」って。
とはいえ、個展に比べればかなり気が楽です。そういう精神って何かしら作用するんですね。プレッシャーが少ないからか、良い絵が描けちゃうことが多い。昨年末にタカ・イシイギャラリー京橋でやったグループ展に出した作品も結構気に入ったものが描けて。この制作の時も「だめだ、だめだ、どうしよう」っていう状態になったけど、没頭の域に入って描き始めたらたった 4 時間で出来ちゃった。壁の色のほうが目立つくらい地味で沈みまくった色合いの絵で、「トーンを落とし過ぎたかな」と思ったけど、ギャラリーに飾ってみたら大丈夫でした。自然光の入る展示スペースだったので、時間帯によって色味とか濃度が変わって見えて、それも面白かったですね。全然主張していなくて、自分でもすごく腑に落ちた作品です。