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制作の始点となるアイデアやインスピレーションはどのように生まれますか?
僕は誰もが羨むほどの本や雑誌のコレクションを持っていて、以前はそうしたものからインスピレーションを得ていた。だけど、最近は外部からの影響が少ないほうがより良いアイデアを生み出せる。今気に入っているのは長距離ドライブ。運転しているとよく閃くから、僕の車はシンクタンクと言えるね。昨年は 2 度も一人でアメリカを横断して、どちらの旅でも多くの新しい考えやアイデアを大量のノートアプリに書き込むことができた。これまでは無理にアイデアを捻り出すようなことはなかったけど、今は何かしらの発案を自らに課すことにしている。有効なアイデアを消去法で見いだすために、意図的に下手な取り組みを何度も試みるなんてことも頻繁にしている。でも、勢いさえついてしまえば、そこから次々とアイデアが溢れてくるんだ。
制作の始めの段階からある程度の完成形がイメージできているのですか。もしくは、作りながら徐々に見いだしていくのでしょうか?
そうでもあり、そうでもないから、どちらとも言えないかな。以前まではかなり実験的なプロセスを取っていたけど、実践を重ねるうちに仕上がりのヴィジョンがもっと明確に見えるようになって、その実現化のための手段の探求を楽しんでいる。僕の実践において「実験」と「探求」は異なる概念で、「実験」はアイデアやプロジェクトを特定せずに全く新しいツールや思考で遊び始めるようなこと。フリージャズみたいなエナジーだね。対して「探求」は使い慣れたツールやメソッドを使って新しい風景をナビゲートしていくようなことなんだ。
アイデアの純度を失わずに作品として具現化するために心掛けていることはありますか?
実践を重ねれば重ねるほど、純粋であることにこだわらなくなる。 Virgil Abloh が「Tourist vs. Purist」のコンセプトについて「ツーリストとは、パリを訪れた時にエッフェル塔を見たいと思うような学習熱心な人のこと。ピュリストは全てを知り尽くしている人のこと」と述べ、このことに触れていると思う。クリエイティヴの仕事を始めたばかりの頃は多くの人が自分の居場所を見いだそうと懸命になる。それはつまり、周囲の環境をある程度模倣することを意味するし、自分が目指す作品に純粋さを見いだそうとする。だけど僕は自分の言語を確立するうちに、ツーリストであることにワクワクするようになった。つまり探求だね。
 Tumblr などであなたの作品を通覧すると一貫した独自の雰囲気やスタイルを感じます。無意識にも作品に滲み出る「自分らしさ」を自身ではどう捉えていますか?
自分で自分を定義づけないほうがいいと思う。それは鑑賞者に委ねるべきだよね。僕はスタイルよりも作家性を重視していて「見た瞬間にそれだとわかる」といった感覚を常に目指している。