また、それらとは別のかたちで、『Eye』や『Parachute』、『Relax』といった雑誌からも影響を受けていて、それぞれ異なる角度から大きな示唆を与えてくれました。『Eye』は、タイポグラフィが視覚的かつ表現的なツールとして、雰囲気やリズム、緊張感を誌面上に構築できるのだと教えてくれた。『Parachute』は、現代アートや文化理論に焦点をあてた、より内省的な場を与えてくれました。そして、表面的ではない角度から物事を捉えるよう促してくれたのです。一方『Relax』は、全く別の論理で……。もっと自由で、混沌としていて、それでいて一貫性があった。まるで雑誌自体が、自身の内側の言語を発明していくような感覚がありました。
過去のインタビューで、あなたがデザインの世界に入ったのは意図的なキャリア選択ではなく、状況によって導かれたのだと読みました。具体的にどのような経緯だったのでしょうか。そして、その原点は今の制作にどんな影響をもたらしていますか。必要に迫られたことがきっかけで、情熱や明確な意欲からデザインを始めたわけではありませんでした。ある時、グラフィックの手伝いを頼まれ、その仕事で初めて報酬をもらったことが始まりです。当時の私は正式な教育を受けたこともなく、自分のやりたいこともはっきりしていなかった。パーティで DJ をしたり、出版社で校正の仕事をしたり、ノートパソコンをいじって時間を過ごしたり、そんな日々を送っていて。だけど、依頼されたアイデアを視覚化する作業が思いのほか楽しかったので、独学で少しずつ学び始めました。そうして次第に気づいたのは、デザインというのは、文章や構成、ドローイングといった自分の中にすでにある複数の言語をひとつにまとめ、形にするものだということ。それまで別々だと思っていた感覚や技術を結びつける場になったのです。
この原点は、今の制作姿勢にも色濃く残っています。私はデザインを厳密な形式体系として捉えてはいないし、特定の分野に属そうともしません。むしろ、考えたり観察したり、課題を解いたり、問いを投げかけるためのツールとして使っています。それは、アイデアを “定義する” というよりも、 “整理” するためのプロセス。もちろん完成したものを楽しむことはあるけど、始めた頃と同じく、結果そのものを重視しているわけではないのです。
詩、タイポグラフィ、エディトリアル、ヴィジュアルリサーチなど、あなたの背景にあるこれらの要素は、制作プロセスにおいてどう交わり、どのような流れで作品に結びついていくのですか。私は複数のジャンルをまたいで活動していて、こうした領域は、制作を進めていくうちに自然と混ざり合っていきます。画像を見ているうちに文章を書きたくなることもあれば、書いた文章が視覚的な形に変わることもある。特定のメソッドはないけれど、自分には「観察する、削ぎ落とす、距離を取る、もう一度見る、どう続けるかを決める」というパターンがあるようです。
フォーマットを切り替えることで、より明確に考えられるようになります。文章は構造を与えてくれて、グラフィックワークは説明を要することなくアイデアを試す場を与えてくれる。そしてタイポグラフィは、リズムや意図、そして最終的に作品を目にする人との距離感を調整する手段になります。タイポグラフィの選択ひとつで、人を引き込むことも、遠ざけることもできる。トーンを設定したり、解釈の余白を残したりすることもできます。それぞれのフォーマットは異なる役割を持っていますが、すべて同じプロセスの一部なのです。